怒りたい女子会

titsはわたしの体の一部


怒りたいのに怒れない、「モヤモヤって一体なんやねん!」という声にお答えするため、実際にわたしが経験したモヤっとエピソードを紹介したいと思います。

「tits」を笑う男子たち

知人と話をしていたときのことでした。女子はわたし1人であとは男子4人。どういう話の流れだったのかは忘れましたが、英語圏で話される下ネタについての話題になり、知的好奇心にあふれるその男子たちは、「あれって英語でなんて言うんだっけ?」とスマホで調べはじめたのでした。しばらくして、「あー、これだこれ」と、探していた英単語が見つかった様子。

彼らが探していた単語は「tits(おっぱい)」でした。

「tits」という言葉を笑いながら口にする男子たちを見て、なんともいえない、複雑な気持ちになりました。だって、「tits」はわたしの体の一部。彼らのように無邪気には笑えない。

自分のからだが自分じゃない

わたしは「tits」と呼ばれるそのものに、複雑な気持ちを抱きながらこれまで生きてきました。思春期の頃、胸が膨らんでいくことへのとまどい、体育で徒競走やマラソンをするときに胸が揺れることがとても嫌だった。この社会では、「tits」はいやらしいもので、そして、男だけがこっそり、かつ、堂々と眺め、楽しむものとされている。こんな社会で、自分の体を好きになれるわけがない。

それまで普通に話していたのに、あなたたちが下ネタとして笑っているそのものが、目の前にいるわたしの体のことなのだとなぜ分からないのか。あなたたちは自分の体にたいして、こんな鬱屈した気持ちを持ったことがあるのか。

スルーした方が楽

この怒りを怒りとして彼らにぶつけることはできませんでした。うまく言葉で伝えられそうにないし、その場の空気をぶち壊すことになる。下ネタNGな「堅苦しい」やつだと思われるかもしれない。しかも、彼らとはこれからもつきあっていかなければならないし、友人としてわたしもつきあっていきたいと思うからです。

それに、彼らだけに怒れば解決するものではない。別の場所で、別の人から同じような気持ちにさせられる機会はこれからも絶対あるはず。わたしの体の一部をネタとしてあざ笑う言葉は、「tits」だけじゃない。その度にいちいち怒っていくのは、想像しただけでもとてもしんどい。その徒労感を考えると、苦笑いしながら「世の中こんなもん」と悟った風でスルーした方が楽。

誰に、どう怒ったらわたしの怒りは聞き届けてもらえるのかわからない。

こうしてまたひとつ、モヤモヤがわたしの中に蓄積されるのでした。