私だったらどうする?~titsはわたしの体の一部、を読んで | 怒りたい女子会
怒りたい女子会

私だったらどうする?~titsはわたしの体の一部、を読んで


発想が貧困!

03/07/2015付の投稿「titsはわたしの体の一部」を読んで、うわー、その男子ら、想像力ないし、発想がださー、と思い、投稿者のsuzukiさんに心より同情しました。
「世の中そんなもん」、「スルーすりゃいい」って考え方は私は嫌いです。
だって、それが許されるなら、人は不快な思いをするかもしれないことでも言い放題、結局、その場の力が強いものはしんどい思いをしなくて済む、ってことにつながるからです。

自己責任自己責任って、DV男と結婚したのも自己責任、勤めた会社がハラスメントだらけでも自己責任。暴力の側は免罪される、あるいは、タテマエ上は「よくない」とされていることの面倒くさい「対応」もしなくて済む。

 

しんどい会話スルー出来なかったのも自己責任、ってのは、ネットの口コミの持つステマやネガキャン放置して、観る側のリテラシーだけを問うような歪さに似てると思います。ある程度自分を守る考え方が当然必要だけど、それは別の問題。わざと混同させるな、って。

 

エロを自分のものに

さて、女の身体が貶められる(あるいは男の身体の優位性が誇示される)不快さにどう対処するか。自分の身体が勝手に意味づけされ蔑まれる、あるいは性的な対象物になる不快さから、私自身も自由ではないです。自分の肉体など無くなってしまい、情報や文章だけの(アホな内容しか書けないけど)存在になってしまいたいと思ったこともありました。

ただ、エロ知識が資源、でも女が下ネタ言うと引かれるという状況にたいしては、今までずいぶん戦ってきたつもりです。セクシュアリティの研究をすることはもちろん自分の好奇心や学問的探究、社会のしくみを把握したい思いからでしたが、女がエロの話を比較的堂々とできる「免罪符」(理不尽なものではあるけど)を得るのに大いに役立ちました。
その上で、エロに関する若干の仕事をしていた経験などから、まず、堂々とエロトークに入っていけるポジションを得て、その上で、不快なエロに物申す。以前、とある仕事をしていたときに、お客さんが、「秋は松茸とアケビが旨い季節やなあ」「イヒヒこの意味わかるか」みたいな会話をされたとき、にこやかに「ええ、秋はクリも美味しいですからねー」と返したら、黙ってしまわれました。下ネタで恥ずかしがらせて気持ちよくなろうとしたってそうはいくか、と心の中も笑顔です。

 

他者を対象物化する非礼さへの気づきへ

本当に、下ネタ自体にしんどさがないなら、女の身体を対象物化して蔑むなら、女の身体のエロも自分の言葉で語り、同時に男の身体も対象物にしてやればいい。松茸じゃなくてなめこかポークビッツかとかでも、言われたら嫌なことを気付かせてやればいい。もちろん性を蔑む笑い自体を肯定しているのではなく、女の身体を蔑むことの意味を気付かせるだけだけのネタにはしたい。あと、女の下ネタだけドン引きされるリスキーさは本当に理不尽だし、それを自己責任で乗り越えろとは思わない。

 

 

「そういうことを言われるのが嫌だ」と伝えることひとつのも、「おかたい」「ユーモアがない」と思われるという自分の不快というリスクがあるので、「私もたいがいエロ好きやけど」とかの枕詞をつけて言わないといけないのも本当に理不尽だと思う。でも、エロは男の特権、という空気をそれで壊せるなら、まあ、いまのところその方法もプラマイゼロかなとも私は思う。

 

みんな、エロを語るのも、語らないのも、誰をも貶めることなく楽しくできる社会になればいいのにね。性の発想が貧困な人は、そんなのエロじゃない、とか発狂しそうだけど(笑)。
あと、エロの話をしたら、すぐに女性差別的、という顔をされる一部の(本当に一部の)フェミニズムの風潮にも、違和感です。無理にしたくない時までエロの話を我慢して聴くのが女の解放、というようなのも逆に同じ。ってそんな感じで。