怒りたい女子会

トイレットペーパーをめぐる攻防


家事分担は半々のはずなのに…

わたしは今、パートナーとワンコと3人で暮らしています。家事の分担はとくに決めていませんが、料理・洗濯・掃除・買い出しなどトータルで半々になるよう、お互い配慮しながらやっています。この前あれやってもらったから、じゃあこれは私がやろう、というようなゆるい分担です。お互い一人暮らしの期間が長かったので、大概のことはできますし、何かを頼んだときもパートナーは快く引き受けてくれます。

女性が輝くSHINE(笑)と言われるようになった今日でも、まだまだ多くの世帯で家事育児介護をしているのは、圧倒的に女子たち。そんな中でわたしは「恵まれてる」方だと思います。でも、家事分担は半々のはずなのに、どうにも私はしんどさを感じることが多いような気がします。

「あ、」という気づき

なんでこんなにしんどいんだろう?なんで私ばっかり家事やってる気がするんだろう?最近、ふとその理由がわかったような気がしました。その理由とは、「気づいてしまう」んです。

「あ、トイレットペーパーなくなりそう」「あ、ハミガキ粉がない」「あ、部屋汚れてる」…。日用品がなくなりそうなことや、部屋が汚れてること、洗濯物がたまってることなど、気がつくのはいつもわたし。

この「気づいてしまう」ということ自体は、もちろん家事をしていることにはなりません。「あ、トイレットペーパーなくなりそう」と気づいたとき、わたしはトイレでひとり、悪質な便秘と闘っているのであって、家事をしているわけではないのです(汚い話ですみません…)。

「気づいてしまう」ことは結構やっかい

別に気づくことくらい…と思うかもしれません。でも、「気づいてしまう」ことが何回も続くと、結構しんどかったりします。それに、よくよく考えてみると「気づいてしまう」ことは厄介です。

たとえば、トイレットペーパーがなくなりそうだと気づいたあと、どうするか。自分で買いに行くか、パートナーに買ってきてと伝えるか、の2択になると思いますが、どちらの選択肢をとっても、わたしがしんどくなることに変わりはない気がするのです。

自分で買いに行く場合、これは買い出しなのでわたしが家事をすることになります。自分が気づいてしまったことで、わたしは自分で家事をする時間を増やしてしまうわけです。

他方で、パートナーに買ってくるよう伝える場合。基本的に「わかったー」と買ってきてはくれますし、わたしはトイレットペーパーを買いにいく時間を別のことにあてることができます。何も問題がないように見えます。

でも、ちょっとまってください。トイレットペーパーがなくなりそうなことに気づき、買ってくるよう指示する。これって、家の中のことに関して、わたしが常に目配せをしているという習慣をつくってしまっている、ということではないでしょうか。

常に頭のどこかは家のことを考えている

日常のあれこれに「気づいてしまう」ということは、わたしの頭の中のいち部分は、無意識のうちに家のことを考えているということです。ワンコのご飯があるからあまり遅くならないように帰らなきゃ、トイレットペーパーなくなりそうだから買って帰らなきゃ。毎日こんな調子です。いつも頭のどこかで家のことを考えている。家事のしんどさって、こういうところにもあるのではないでしょうか。

よく、「自分だってゴミ出しとかして家事を手伝ってるし」と言う人がいますが、家事を「手伝う」人たちも、いつも頭の片隅で家のことを考えているのでしょうか(家事しない奴は論外)。外出先でもふと家のことを思い出して、あれしなきゃこれしなきゃと思い煩ったりするのでしょうか。家事をするために早めに家に帰らなきゃと思ったりするのでしょうか。家事を「手伝う」というスタンスでいる限り、それは家事をしていることにはならないのだと思います。

部屋を居心地のいい状態に保っておくこと、汚れた服を洗ってきれいにすること、食材を買って調理し、体に栄養を与えること。家事は生きていくうえで大切な営みであり、必ず誰かがやらなければならないこと。生活をともにしているのならば、家事のしんどさも楽しさも、分かち合ってほしい。